スリー・シティーズで地中海の海鮮料理を堪能マルタ留学

マルタに留学されるみなさん、スリーシティーズって聞いたことありますか??スリーマやセントジュリアンはバレッタから見ると北側にありましたが、スリーシティーズは反対の南側に位置します。

スリーシティーズは英語でThree Citiesですが、その名の通りヴィットリオーサ(Vittoriosa)セングレア(Senglea)、コスピークア(Cospicua)という3つの町の総称。バレッタやその他の町に比べると知名度も低く人観光客なども少ないところではありますが、マルタの歴史を知る上では欠かせない町の一つ。1530年に聖ヨハネ騎士団がマルタの拠点を写した際、当時の首都は内陸に位置したイムディーナであったため、海沿いにあるビルグ(現在ヴィットリオーサ)を本拠地としお隣の半島(現在のセングレア)に要塞を構えたのです。

ヴィットリオーサ(Vittoriosa)

この3つの町の中では最も古く、現在のヴィットリオーサは聖ヨハネ騎士団によって造られたものの、最初に人が始めたのはフェニキア人の時代であるといわれています。

聖ヨハネ騎士団の拠点とされたこのヴィットリオーサは、中世バレッタが造られる前は首都としての役割を果たしていました。バレッタとこのスリーシティーズの間の湾をグランドハーバーといいますが、このグランドハーバーに面した好立地ゆえですね。マルタを支配する勢力には外せない場所にあったというわけです。聖ヨハネ騎士団に対しオスマン帝国が行った1565年のマルタ包囲戦では、重要な役割を果たしました。

ヴィットリオーサの見どころ

Malta at War Museum(戦争博物館)

英国統治時代に建てられた建物で、18世紀には兵舎として、そして第2次世界大戦時には警察署、そして空爆警戒本部としても使用されました。現在は博物館になっており、第2次世界大戦時に使われた武器、軍服などが資料などとともに展示されています。

Inquisitor’s Palace(宗教裁判官の宮殿)

1574年、初めての宗教裁判官としてローマ教皇使節ピエトロ・ドゥシーナがマルタに到着しました。その際に騎士団長によって住居として提供された新しい宮殿がこの建物。18世紀の中頃には典型的なローマ式宮殿に改装されました。第2次世界大戦を経てもなお現在までその形が残っており、ここまできれいに残っているのは珍しいほど。一般公開されている宗教裁判官の宮殿はここのみです。

Dratory of St. Joseph(聖ヨハネ礼拝堂)

騎士団長ジャン・ド・ヴァレットがたびたびここで祈りをささげたという礼拝堂。現在は博物館になっているため、聖ヨハネ騎士団にまつわる書物や資料、またマルタ大包囲戦のときにトルコ軍が使用していた道具などさまざまなものが並べられています。ヴァレットが使用していた剣と帽子がそのままガラスケースに納められているので、ぜひ見てみてくださいね。

Church of St. Lawrence(聖ローレンス教会)


1090年設立、その後16世紀はじめの騎士団によって拡張され1571年までの約40年間、聖ヨハネ大聖堂に先駆けて使用されており、騎士団の修道教会として重要な役割を果たしました。その後は宗教裁判官の手に渡り、17世紀末に現在のバロック様式に建て替えられています。騎士団の至宝の一つ、フィレルモの聖母のイコンも当初はここに飾られていました。1990年には前教皇ヨハネ・パウロ2世がここを訪れたそうです。

海事博物館

航海、船に関する展示物が2万点以上展示されている博物館。先史時代から現在まで、約7000年にわたる航海の歴史を知ることができます。そのなかでも聖ヨハネ騎士団が所有していた船の大型模型などは見ごたえあり。スチームエンジンや大砲なども並んでいます。

セングレア

聖ヨハネ騎士団の時代は狩猟エリアともされていたセングレア。1311年聖ジュリアンの教会が見つかりましたが、これがのちのセングレアとなる場所に最初に建てられた建物であるといわれています。

このセングレアは1565年のマルタ包囲戦では非常に重要な役割を果たし、最後まで侵攻されずにあったため「無敵都市」の称号が与えられています。現在は人口3,000人弱の住宅地となっていますが、訪れてみるとマルタの生活が垣間見えて面白いかもしれませんね。

セングレアの見どころ

監視塔(ヴェデッテ)

小さなカーディオーラ公園の一角に建っている塔で、対岸にはバレッタ、右井川には聖アンジェロの砦を望むことができます。壁には目と耳が刻まれていて、それは目を凝らして耳を澄まし、空と海からくる敵を監視するということを意味しているそう。

Our Ladies of Victories Church(勝利の女神協会)

1565年のマルタ大包囲戦に勝利したことへの感謝から、1580年に建てられたカトリック教会。聖母マリアにささげられたものです。第2次世界大戦の際に崩壊したものの、1956年に再建されました。

コスピークア

コスピークアに最初に人が住んだのは新石器時代であると言われています。コスピークアや他のヴィットリオーサ、セングレアを守るため、聖ヨハネ騎士団によって1638年から要塞が造られ始めましたが、その要塞作りは70年間もかかったそう。

1722年に正式に町として認められたコスピークアに、聖ヨハネ騎士団はドックヤードを建設しました。立地も考え、町の発展には欠かせなかったということですね。実際にイギリス統治下にあった際は、クリミア戦争や第一次世界大戦で大きな役割を果たしました。

コスピークアでひとやすみ

Cafe Rouge(カフェ・ルージュ)

バーガーやパスタ、ビザやマルタの伝統料理などなんでも揃ったカジュアルなカフェ。飲み物だけを注文してひと休みもよし、パスタを楽しんでランチを楽しむのもよし。朝から開いているため朝食に立ち寄ることもできます。

なかなか留学を考えているだけでは見ない町ばかりですが、バレッタからバスで約30分。マルタ留学をされる方はぜひマルタの歴史を学んでスリーシティーズを訪れてみてくださいね。

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